アートの世界

先日、小中高と同級生だった友人の個展に行ってきた。
仮にその友人の名前をK君とでもしておこう。
英雄K本君とは全くの別人である。
K君も僕と同じく学生で、とある大学の芸術系の学部に籍を置いており、
一年浪人しているので学年も同じである。
お互い進学してからも、たまに会っては飲みに行く間柄だった。
たまに、と言っても彼の下宿先が遠方なので1年に2,3回程度だが。


K君から個展の招待ハガキが届いたのは約2週間ほど前。
「作品を見てシュールな意見を聞かせてほしい」
というメッセージも添えられていた。
前に会った時は「いま絵書いてるねん」とか言っていたので
てっきり作品というのは絵画のことだと思っていた。


阪急梅田駅から徒歩10分ほどのところに
個展が開かれている会場はあった。
こじんまりとした貸ギャラリーである。
薄暗い室内。奥のほうから何やら談笑の声が聞こえる。
おそるおそる足を踏み入れてみた。


「おおっ、ますたぁ君来てくれたんやね!」
(昔から彼はなぜか僕を君付けで呼ぶ)
快活でいてハリのある声が僕を呼ぶ。
久しぶりに会った友人の風貌はあまり変わってはいない。
ずっと室内で作業をしているため、顔色はあまり良くない。
まあそれはいつものことだ。


「さあ早速見てもらっていいかな。そして正直な感想をお願いします」


彼の作品を実際に見るのは初めてだったので
非常にワクワクした。彼は一体どんな絵を描いてるのだろう?


「これやねんけど、どう?」


彼が指し示している方角に絵画らしきものは何もない。
電灯を消した暗い室内にあるものは、ゲームセンターでよくある
UFOキャッチャーの機械らしきもの、そしてそれをプレイしているかのように
機械の操作盤の前に立っている人間だけである。
正確に言うと人間ではなく、人間の形をした石膏人形だ。
大きさはちょうど人間と同じくらい。やけにリアルだ。
そして、なぜかその人形は「海パンのみ」をはいている。
それも高校指定の海パンである。濃紺でゴム生地。
いやがおうにも無駄にモッコリしてしまうあの海パンである。


よく観察してみると、UFOキャッチャーらしき機械の中には
もう一体同じような石膏人形が座っている。
そしてその周りに、小さなスケルトンの人形が数体配置されており、
内側から青色や赤色の光を発している。
彼いわくこの光はLED(発光ダイオード)らしい。


なんと不気味な作品なんだこれは


これが、作品を見た僕の正直な第一印象である。


「フフ・・これ、この作品の言わんとしていることが分かる?」


僕が第一声を発するよりも一足早く、
K君は不敵な笑みを浮かべながら僕にこう言った。
暗い室内で、明智小五郎怪人二十面相のように対峙する我々二人。
そうして、僕と彼との話し合いは数十分にも及んだのであった。
簡単に言うと、あの作品は
「いくら自分はピエロじゃないと思っていてもピエロなんだ」
ということが言いたいらしい。


驚いたのは、操作盤の前にいる人形と、機械の内部の人形は
どちらともK君自身の型を取って作ったものだという。
特殊な原料を肌に直接パックのように塗りつけてゆき、
固まるのを待って型を取る。そして自分は型から抜けて、
その型の上から石膏をさらに塗るらしい。
パーツごとに分けて型を取り、それを繰り返してゆく。
すると立体的な石膏人形が出来上がるというわけだ。


人形の海パン部分がオリュンポス火山のごとく
ハヤミモコリングを起こしていたので、
「もしやここも型取ったん?」
と聞いてみると
「あたりまえやん。そうじゃないとリアルじゃない。」
とさも当然のことのように言われてしまった。


そしてさらに驚愕したことがある。
彼が過去に作った作品の写真を見せてもらったのだが、
その作品名は「ゼロチン」。
旧日本海軍が使用していた有名な戦闘機「零戦」がモチーフである・・
のだが、何かがおかしい。何かがおかしいのだ。
零戦の機体の先端部分がまさしく「ナニか」なのである。
それも非常にリアル。色から形状に至るまで精密に表現している。
作品の大きさはというと、全長大人1,5人分といったところ。
つまりものすごくデカいナニである。泣く子も黙るであろうその迫力。
そんなもんがもし自分の家の玄関に置かれていようものなら
即SWATか糸井重里を要請したくなるような、それほど危険なナニである。


彼は
「まあこれは公には発表できないんだけどね。」
とニヤリとしながら言った。
社会風刺の意味合いを持たせているらしい。


衝撃的な一日だった。
アートの世界はすごい。